2009年05月16日

大田は三塁手、遊撃手?

「日本のジーターになれる」

高校時代の大田を見たあるスカウトの印象。

ジーターといえば、
小柄と言った常識を覆し、守備力、打撃力、走力を兼ね備えた「大型ショート」。
新しいショートストップ像をつくり上げたプレーヤーの一人だ。

ショートと言えばどちらかと言うと細身で小柄で、
打撃に多少難があっても守備力重視で、
たとえ打撃が良くても主軸でなく1.2番タイプで、
主軸であっても体への負担が少ないサードや外野へコンバートさせるといったケースがみられる。

しかし、大リーグはもちろん日本でも中島選手や鳥谷選手のように
「打てる」プレーヤーが増え、
今や守備力だけではレギュラーは獲得出来ないポジションとなりつつある。

若干変わりつつある遊撃手像。この大田選手が遊撃手で成功して、
今、攻撃の主軸をサードに置くように、遊撃手でも主軸を任せれる「大型遊撃手」になるかもしれない。

ただ、「大田サード」も捨てがたい。長嶋、原の後を引き継いでくれるのも見てみたい。

同世代には、坂本、中井、寺内、田中ら優秀な内野手が多くおり、
チーム事情によっても当然影響されてくる。

大田は三塁手か遊撃手か?

非常に興味がある。


posted by bdsdesu at 08:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

大田の宮崎キャンプ

「10点くらい」

大田が1か月にわたる初めての宮崎キャンプで付けた自己評価の点数だ。

さすがに2軍落ちしただけあって、これくらいの評価か。

紅白戦、対外試合では10打数無安打。結果は出なかったが、
大田への注目度は最終日まで高いままだった。

今後は攻守の積極性をテーマに掲げ、開幕1軍に向けても「来年、再来年と上げて、
いつか“100点”のキャンプを送れたときに大活躍できればと思います」とネバーギブアップを宣言。

実り多き宮崎での1か月を肥やしにして、大田は再びスターへの階段を上り始めるに違いない。

試行錯誤の中で着実な進歩を遂げた。原監督ら首脳陣から再三の打撃指導を受けた。

高校時代の打法から、頭の高さに上げて構えていたグリップの位置を低くした。
バットを大リーガーのようにグリグリと動かしてタイミングをとっていたが、その動きを消した。
(その後、結果が出なかったため、何度も打撃改造を繰り返したが…)

また、昨年の坂本同様、内角球への“恐怖心”をなくすため、
捕手用のマスクを装着し、顔面付近の球をコンパクトなスイングでとらえる練習もやった。

2月15日に2軍を言い渡したときの原監督の言葉。

「大田は2軍からスタートさせる。その中で一歩ずつ階段を上がってきてほしい」

この宮崎キャンプで2軍落ちした大田。原監督のこと言葉を胸に一刻も一軍の実力を身に付けて這い上がってきてほしい。
posted by bdsdesu at 13:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

大田と松井

ドラフト後、ヤンキース・松井秀喜と巨人の大物ルーキー・大田泰示が電話で話した。


松井「大田くん? はじめまして。松井です」

 大田「は、はい、大田です。はじめまして」

 松井「注目されて、大変だと思うけど、
(背番号55を背負っていた)僕のことは気にせずに
巨人を引っ張っていく選手になってください。頑張って」

 大田「はい、ありがとうございます」


ついに現れたゴジラの後継者。松井もその存在を気に留めていたという。
入団時の体格や、長距離砲として高卒からドラフト1位で巨人に入団と自分と重なる部分が多い。
だから、今の大田の気持ちがよくわかる。松井は自分の1年目を思い返しながら、

「壁にぶつからないことが一番いいことだけど、
壁にぶつかっても、下を向かないでいってもらいたいね」と話したという。

松井の一年目の成績は57試合に出て、打率223本塁打11本。
オープン戦ではプロの投球に手こずり三振と凡打の山を築き、
公式戦開幕は大田と同じく2軍で迎えた。

松井はその当時を「早めに落ち込んだことで今後につながった。
いい経験でした」と自分の欠点を見つけられたことが成功への道につながったと分析している。

松井はその後、イースタン・リーグで12試合.375、4本塁打の活躍を見せ、
5月1日の対ヤクルト戦(東京ドーム)に7番レフトで見事一年目に一軍デビューを果たした。

大田も松井のように2軍で活躍すれば、すぐにでも一軍でプレーが見られるかもしれない。
posted by bdsdesu at 06:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

大田と中田

大田はいつ一軍へ上がるのか?

昨年、ビッグルーキー、中田が日本ハムに入団した。

大田と中田。

二人には共通点がある。 
野球の盛んな広島県で生まれ、高校の名門である大阪桐蔭(中田)、
東海大相模(大田)へスカウトされ、ともに豪打で高校球界を盛り上げた。

中田選手のプロ一年目は散々だった。
まず、守備がまるでダメ。

けがもあって一年間、一軍に上がれなかった。
(しかし、56試合で打率.255、HR11と5試合に1本ペースなので、
96試合なら18HR前後と二軍で本塁打王も取れるペースだった)

ことし、中田は場外弾デビューを果たすなど、
予想をはるかに超える怪物っぷりを発揮した。
(だが、3月になるとパタリと打てず、2軍降格。)

大田がイースタンリーグで豪快なエラーをしたのを見たが、
一年前の中田の守備をみたようだった。

何か自信がなさそうにプレーしているように思えてならない。

大田選手は大型内野手・3拍子揃った・・・
身体能力が高く守備もまずまず、中田とは違うタイプだ。
中田は一年目にずっと2軍暮らしだったが、大田はいつ上がれるか。

今後どのように育てるのか楽しみだ。

そして、中田と大田。

次世代スラッガーの出世競争にも大注目だ。
posted by bdsdesu at 11:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月09日

大田のフォームの改造

こんなニュースを見た。

『巨人大田、フォームを元に戻したら快音連発』

結局まだ実戦でヒットは出ていないようだが、練習で快音が戻っているのは良い傾向。
コーチや評論家のアドバイスで右脇前にグリップを置く、
ごくノーマルなフォームに変えたようだが、それを元に戻したのだという。

原監督の指導でコンパクトな打撃フォームに改造したが、
結果が出ないため、高校時代の構えに近づけてみたようだ。
「少し戻して打ってみました。今日はスムーズに振ることができました」と大田の感想。

打つときに左脇が開かないように意識しながら、さらに右脇を開けてタイミングを取った。

ベストの打撃フォームを求め、試行錯誤を繰り返すルーキーは、少し手応えをつかんだようだ。

大観衆の注目を一身に浴びた東海大相模のスラッガー大田泰示のフォーム。
両脇をあけ、バットを高く掲げ、
ちょっぴりヘッドを投手側に向ける、威圧感たっぷりのフォームだった。
posted by bdsdesu at 07:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする