2009年05月07日

大田泰示の評判は?

2軍スタートの大田泰示の評判はどうか。

原監督が大田を2軍に送り出すにあたって
「とにかくすべての面で力をつけること」といっている。

もともとの実力は十分なはず。

スポーツ紙はこうだ。

「一部の新聞は剥げ落ちた金メッキなどと、こきおろしているが、
体(1b88、90`)にも恵まれており容貌もいい素質もある。

2軍は勉強の場だと肝に銘じてやれば必ず浮上する。
松井だって開幕スタートは2軍だった。あせることはない。

大田には、新人王も捨てるつもりで、
2軍選手になりきって耐えれば本物の大物になると太鼓判を押している。
結果を出そうとあせることはない」

2軍の試合をみてると、なにより、気持ちで負けているような気がする。中畑氏はこう言っている。
 
「素振りのひとつもくれて投手より精神的優位にたたなきゃいけないのに、
打席に入った時点で既に追い込まれている。これじゃあ結果はでない。
‥‥勝負に気持ちが入っていないように見えた」

技術面は勿論だろうが、いまの大田に欠けているのは「気構え」が必要なのではないか。


posted by bdsdesu at 07:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

ホームラン高校通算65発

大田泰示 高校通算65発

大田の高校通算本塁打は65発で、清原和博氏の64、ヤンキース・松井の60を上回っている。

しかし、史上最多の87発を引っ下げてプロ入りした
中田(日本ハム)が今季1度も1軍に上がれなかったように、
プロで苦労したり、イメチェンでスラッガーとは言えなくなってしまった例が数多い。


高校通算本塁打はどこまで当てになるのか。

ひとつに木製バットでスタンドに叩き込む打ち方ができるかどうか。
高校とプロでは、同じ野球といっても、あらゆる面で大きく違ってくる。順応性が必要である。

「大田には自分の間(ま)があるし、投手方向へまっすぐステップしている。
巨人の育成方針とポジションの兼ね合い次第だが、
半年くらいで1軍に上がってきても不思議ではない」

「大田の打撃にはクセがない。
中田や、同じ大阪桐蔭出身の平田は内角球に対して窮屈になるスイングだった。
長距離砲としてパワーは中田が上ですが、順応性では大田でしょう」

野球評論家らの意見はこんな感じだ。

とにかく、早く一軍へと願うばかりだ。
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2009年05月05日

大田の契約

契約金1億円 年俸1200万円 背番号「55」

大田泰示が巨人と契約を結んだ。

一番のニュースは彼の背番号が55だということだ。
松井秀喜が背負っていた55番はずっと空白のままであり、
内心は永久欠番になるのかなとも思っていたので意外だったなと。

大田は高校通算本塁打数と同じ65番を背負わせゆくゆくは一桁になるものかと。
が、これも期待の大きさなんだろう。そう思わせる選手ということか。前につけていた選手が偉大だとは思うが、彼なりの55番を見せるしかない。

大田の年俸は1200万。巨人の高卒ルーキー史上最高額だそうな。
高校通算65本の本塁打を打った期待の新人。大きく育って欲しいものだ。

「昇格の時期は最短でも1年。最長でも1年。」

2009年2月26日。二軍に降格した“10年に1人の逸材”とされる大物高卒新人 大田泰示内野手について、
ファームで1年間じっくり育てた上で一軍起用したいとの育成方針を示した原辰徳監督。

松井秀喜以来と騒がれる大物ルーキーの大田選手。

攻守に渡るレベルアップが待たれるところだ。
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2009年05月03日

寮で成長して一日も早く一軍へ

大田は寮で松井、坂本らが使用していた“出世部屋”の410号室を使っている。

「先輩が出世していて気分がいい。やらなきゃいけないという責任感がある」

寮生活は新人選手の登竜門。
ドラフトの目玉である大田といっても同じこと。寮で成長して一日も早く一軍へ行ってほしい。

高校時代からの「野球ノート」もいっしょに持ってきた。

精神論、打撃、走塁などの技術論と高校時代、門馬監督から習得したことを毎日、書き記してきた。
高校3年間で5冊。これも一日一日を大切に生きてきた証しだ。
新品のノートも一緒に持ち込み、これからも大切なことはメモするつもりだという。

掛布、松井、落合、前田、福留…。野球を理論的に考え、
成功したバッターは多い。巨体を生かすためにも野球を考えてほしい。

「一日一生」

東海大相模野球部・門馬敬治監督から贈られた言葉だ。

「一日一日を大切に生きる、という意味です。
プロはいつクビになるか分からない。すべてをやり尽くしていきたい」

厳しい競争の世界に飛び込んでいく。決意を強く持ってほしい。
posted by bdsdesu at 09:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月30日

高校時代で苦労した大田

ドラフトの目玉とされた大田も高校入学当初は決して
順風満帆というわけではなかった。

06年春、大田は故郷の広島から遠く離れ、東海大相模に入学した。

パワーを武器に本塁打を量産し、いきなり活躍する―。
大きな夢を抱いていたが、現実は甘くなかった。

1年春から背番号15でベンチ入りしたが、強豪校の投手が繰り出す変化球に対応できない。
1年秋の新チームでは「4番・三塁」を任されても空回り。
「俺は4番。打たなくちゃ」焦りが力みとなり、笑顔が消えた。

2年に進級しても心は晴れなかった。苦悩の中、
巨人・原監督の父、貢さんが言葉をかけてくれた。
「いいか泰示、高校野球にスランプなんて、ないんだぞ」一流が集まるプロの世界とは違う。

打てないのは実力がないだけ。スランプなんて言葉を使うこと自体、甘い。
考える暇があったら、練習しろ―。目が覚めた。
とにかくバットを振った。手のひらのマメがつぶれるたび、自信が増した。

気がつけば、野球が面白くてたまらなくなっていた。
今春には愛用のグラブに、素直な気持ちを刺しゅうにして入れた。
「一日一生 俺は野球に恋をした」。

田倉雅雄部長(53)から「調子に乗るな!!」と一喝され、
慌てて外したが、「趣味は野球です」と胸を張って言えるようになった。

今のように結果が出せなかった大田もいた。
posted by bdsdesu at 08:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする